「ストーム・ブリング・ワールド①②」冲方丁

冲方丁によるカルドセプトというゲームのノベライズ。2003年にMF文庫Jより出版されるも微睡みのセフィロトと同じく絶版、その後加筆修正を行い2009年にMF文庫ダ・ヴィンチより新装版で出版されてものです。
ゲームのノベライズって主に、元になったゲームのファン、もしくは著者のファンくらいしか買わないジャンルだと思うんですが、そういう意味では本書は前者、カルドセプトのファン向けの内容です。
要所要所でカードやブック、領地といったカルドセプトの設定(と思われる物。ゲームを知らないのでよく分かりません)が出てきて、冲方丁の世界に浸りたい自分のような読者の心に微妙にブレーキを掛けます。そういう意味では冲方丁ファンである自分にとっては少々残念なんですが、そうじゃないカルドセプトのファンは楽しめるんじゃないでしょうか。
さて内容ですが、ストーリー自体はファンタジー世界を舞台にしたボーイ・ミーツ・ガールで、それぞれ心にトラウマを抱えた二人が出会い、なんやかんや冒険的な事をして心が通いあう。ライトノベル黎明期によくあった、最近は陳腐すぎて逆に誰もやらないくらいの王道ストーリです。しかしそこは冲方丁、短い中にも圧倒的な世界観を作る上げることには定評があります。その手腕はノベライズでも健在で、カード以外のキャラクターや世界観は、いつもの冲方丁のそれです。アーティは可愛いし、リェロンはテンプレ朴念仁だけどカッコ良い。二人のやり取りは、息のあった漫才みたいで楽しいです。エンリケやレミといった脇役もちゃんと活躍するのが嬉しいですね。カルドセプトを知らない自分でも、カードバトルは盛り上がります。


ただ小説の内容以外で残念な点がいくつか。
・カバー裏でネタバレ
1巻の最後がかなり衝撃的な引きなんですが、実は2巻のカバー裏に思いっきりネタバレが書かれています。読んだ時、割とリアルに「えー」と思いました。正直ガッカリです。カバー裏なので多分編集部が書いたんでしょうけど、内容的が内容だけにちょっと配慮が足りないんじゃないでしょうか。それとも隠すまでもない内容ということでしょうか。個人的には知らないほうが楽しめると思いますよ。なので、これから読む人は2巻のカバー裏は読まないほうが良いです。
・1巻の少年は誰よ
帯に隠れて見えないですが、1巻の左下に少年が描かれてます。これリェロンですか?でもメガネ掛けている描写は作中に無いし、グリマルキンも肩に乗ってないですよね。2巻の表紙の人はカード持ってるし、肩にグリが載っているからリェロンで間違いないと思うのですが、2巻がリェロンとすると髪の毛も色も違います。2巻のリェロンは白髪で、1巻の少年は黒髪です。それにリェロンってトラウマで笑えない設定のはずなのに、少年はどう見ても笑ってます。どういうことなの。色々とよく分かりません。
(笑顔については、絵師が設定を読まないで描いたんでしょうけど、1巻と2巻で顔がぜんぜん違うのは意味が分かりません。もしかして本当に別人?じゃあやっぱり誰よ)

本書は6年前に出版された同タイトルの作品に、ほぼ全面的に手を入れ、かなりの程度、ストーリーに関わる部分にも修正を加えております。
(中略)
本書こそ「真バージョン」だと言えるでしょう。

あとがきより

相変わらずの加筆修正っぷり。絶版前の小説は未読なので、どの程度修正されているのか分かりませんが、こことかこことかこことか見ると、全体的に結構違うみたようです。どうやら前版の1巻+2巻序盤が新装版の1巻にあたるようで、特に2巻にエピソードが追加されていると思われます。なるほど、上にも書いた1巻の強烈な引きは今回意図して最後に持ってきたものなんですね。そういう意味でも、カバー裏のネタバレは非常に残念。なお、さすがに修正点をまとめた人はいないようなので、誰か私の代わりにやってください。

文庫化の際に加筆修正を加える作家(例えば京極夏彦とか。文章がページを跨がないことで有名な人ですが、文庫化の際には改めて全部修正しているらしいですね)はかなりいますが、それにしたって冲方先生は極端だと思いますよ。本作だけじゃなく微睡みのセフィロト、マルドゥック・スクランブルも加筆修正していますし、去年にはマルドゥックの全面書きなおし版(文字通り一から書きなおした!ありえん)まで出しています。商業的に許されるのも凄いですけど、それを実際に実行してしまう冲方丁という作家が一番凄い。そのバイタリティはどこから出てくるのか。火が爆ぜ氷割れる音*1ペンネームの由来らしいけど、冲方丁の小説に対する熱意は、マグマのごとく煮えたぎっていますね。

そんな冲方丁は現在、『光圀伝』『テスタメント・シュピーゲル』『マルドゥック・アノニマス』を同時進行中。さらに5月には『マルドゥック・スクランブル』の短篇集が出るそう。全部凄い楽しみ。

*1:wikiより。「丁」が火が爆ぜる、「冲」が氷が割れる音という意味らしい。